医療従事者には、忘れられない症例があるものです。
私は何人か忘れられない症例がありますが、その中で最も印象的であったECMO症例をご紹介します。
その症例はコロナが流行る少し前でした。
重症呼吸不全に対して長期のECMO管理をした女性です。
急性期を過ぎた後から“Awake ECMO”といって、意識を覚醒させた状態で管理しました。
Awake ECMOを少し恐ろしく感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ICU内では快適な環境を作り出し、本人はICUで本を読んだり、ご飯を食べたり、携帯で家族と連絡を取り合ったりしています。時には外へECMOのままお散歩し、気分転換することもあります。今までのICUの概念を覆すようなECMO管理ではないでしょうか。
しかし、その方は2か月間のECMO管理でも、残念ながら肺の回復は見込めませんでした。
多職種で話し合った結果、生命はECMOに依存している状態であり、終末期として回復の見込みなしと判断し、本人と家族へそのことを告知しました。
私自身は非常に悔しかったのですが、できる限りをやったことですので、仕方ありません。
本人はECMOが回っていますが、意識は清明であり、私の告知もしっかりと受け止めてくれました。
そして、本人はうつ状態となりました。。。
私は今まで多くの患者さんを看取ってきましたが、やはり死と向き合う患者自身の気持ちを完全に想像することはできません。
私は医師として命を救えなくても、何か希望を与えられないかと思って、本人と話し合いあいました。その方は『最後に家に帰りたい』と言っていました。
ECMOは外せない。。。だから、家に帰ることは難しい。。。
いや!!不可能ではない!!
我々はECMO搬送(ECMOを装着したまま病院間を転院搬送すること)の経験が豊富であり、ECMO管理のまま救急車やECMOカーで患者を移動させる訓練を積んでいます。
その力を活かして、病院や患者家族に許可を頂いて、ECMO管理のまま家に連れて帰る計画を立てました。天候・経路・家までの通り道・玄関の広さ・廊下の長さなど色々なことを想定する必要があります。
もしかしたら移動中にECMOの事故で命を落とすかもしれません。それを覚悟した上での決死の一時帰宅です。本人や家族にリスクを十分に説明した上で”ECMOによる自宅搬送計画”は具体的に進んでいきました。
そんな矢先、ECMOのカニューレ(体内に挿入している管)の位置が変わっていないか確認するためのレントゲンを撮影したところ、、、
あれっ?なんか肺が良くなっている。
まさかと思って、ECMOに流している酸素を切って、ECMOが外れた時と同じ状況を作り出す離脱テストを実施しました。すると、クリア!!それは、ECMOを外すことができるということです。
リスクを伴う”ECMOによる自宅搬送計画”は中止として、ECMOを離脱。
その後、人工呼吸器も離脱。
最終的には歩いて自宅に帰られました。
その後に頂いたお手紙はお見せすることはできませんが、我々にとって宝物です。
医療従事者の方々は皆さん経験あると思いますが、今まで学んできた医学では説明のできない事象が起こるものです。私にとって、そんな忘れられない症例を紹介させて頂きました。
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